第19章 魔法のコトバ
「すんません、お勘定」
『ただいま伺います!』
あと少しで洗い物が終わる頃、食事を終えたお客さんが伝票をレジの前でヒラヒラと見せる。
薬味を刻み終わったおばあちゃんは、いまはその場を離れて注文を受けにお店に出てるし、おじいちゃんは先に入っていた注文の品を作ってる。
それなら仕方ないからと私が対応して会計を終わらせれば、前と同じくいい酔い具合いに出来上がっている常連さんのひとりと目が合ってしまった。
「おぉ?なぁんだ、いたなら顔出せや」
『あ、はは・・・いらっしゃいませ、です』
「おい嬢ちゃん、ちょっとこっちに来い?」
妙にニコニコしながら手招きをされて、どしたものかとおばあちゃんの顔をチラりと見れば、まるでほっときなさいと言わんばかりの顔で小さく横に首を振っているけど。
「なんもせんって。ほれ、働き者の嬢ちゃんにご褒美じゃい」
そう言って差し出した手のひらには、コロンとした黒飴がふたつ。
それがイチゴやレモンキャンディーじゃないあたりは、さすがおじいちゃんのお友達・・・だなんて思ったら失礼だよね。
それを受け取るくらいなら別に大丈夫かな?と思い、今もニコニコと笑顔を向ける常連さんに近付いた、その時。
「よし、捕まえたぁ!」
『ひゃぁぁぁっ?!』
キャンディーを受け取るために伸ばした手をグイッと引っ張られ、半ば体制を崩した状態で常連のおじいちゃんに軽く抱きしめられてしまった・・・まではよかった。
『あっ、あのっ!!その手はやめてくださいっ!』
スルスルとおしりを撫でる手をペチペチと叩いて抗議しながら、何とか逃れようと身を捩ると同時にスパーン!と響く音に思考が止まる。
「いい加減にしなさい酔っ払い共が!そんなセクハラするなら今すぐ追い出すよ!!」
ギギギッと音がしそうなほどぎこちなく振り返れば、そこには伝票ホルダーを構えた楽のおばあちゃんが仁王立ちしていた。
「いってぇなぁ・・・でも、悪かったな嬢ちゃん。悪気はなかったんだよ」
「ない訳ないでしょ!全く、ホントしょうもないんだから。ほら、あなたもこの酔っ払いは知らんぷりでいいから戻りなさい、ね?」
さっきまでの鬼の形相からカラリと変わった笑顔で、おばあちゃんは私の肩をポンッと叩いて、それからゆっくりと背中を押した。