第12章 初めて見る恋人の表情
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(うぅ…どうしよう……)
野宮先輩からつい逃げてきてしまった…
絶対気を悪くしたよね?
でも声を掛けられた時には、もう体が勝手に動いてしまっていた。
先輩が他人に暴力を振るうはずなんてない…そう信じたい気持ちはあるけれど。
曲がった事が嫌いな彼。
そんな彼をもし突き動かすような事があれば、有り得ない事ではないかもしれない…そうも考えてしまって。
(そもそも私…付き合う前は先輩の事苦手だったんだよね…)
口数が少なく、感情を表に出さない近寄り難い存在。
おまけに強面で大きな体。
それでも付き合い始めてからは彼の優しさに触れ、その見方は大きく変わった。
いつも私の事を一番に考えてくれる…
だから私もどんどん彼の魅力に溺れていったのだけれど…
私は先輩の全てを知っている訳じゃない。
きっと、私と一緒にいる時の優しい彼が全てじゃない。
そう思い始めると、付き合う前の"恐い"という印象が甦ってきてしまったのだ。
…だからといって彼から逃げ回っていても何の解決にもならないが。
(やっぱりちゃんと話さなきゃダメだよね…)
「…笹木」
「っ…」
終業後…案の定野宮先輩は私のデスクにやって来た。
こちらを見下ろすその顔は昼間より険しいものになっている。
(ひぃっ…絶対怒ってる…!)
「お、お疲れ様です…」
「…今度は逃がさねぇぞ」
「っ…」
ガシッと掴まれた腕。
私はそのままズルズルと引摺られるように部署の外へと連れ出された。
「…昼間なんで逃げたんだよ」
「……、」
連れて来られたのは、誰もいない非常階段。
しんと静まり返ったその空気が重苦しい。
「べ、別に私は…」
「正直に話さねぇなら…今ここで無理矢理ヤったっていいんだぜ?」
「っ…」
私の腕を掴んだままの先輩。
その鋭い瞳は彼の本気を窺わせる。
(もう逃げられない…)
そう観念した私は、正直に全てを打ち明ける事にした。
先輩と柏木課長の昨日のやり取り…
そしてすっかり広まっている、課長の怪我の話…
その事に先輩が関わっているのか問い質す。
「ハァ…やっぱりか」
私の話を聞き終えた彼は深い溜め息をついた。
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