第12章 初めて見る恋人の表情
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(ハァ…まだ痛ぇ)
地味に痛む己の右手を見て溜め息をつく。
昨日は色々あって苛ついていたので、仕事の後そのストレスを発散させる為久しぶりにボクシングジムへ行った。
そこでつい打ち込みに熱中し過ぎてしまい、利き手を痛めてしまったのだ。
数日で腫れも落ち着くと思うが、我ながら馬鹿な事をしたと反省している。
(…それにしても)
昨日から葵がよそよそしい。
俺と柏木課長のやり取りに余程驚いたのだろう。
やはり理由くらい話しておけば良かったかもしれない。
遡る事数日前…
去年までうちの企画部にいた、後輩の菊池から相談を受けた…課長から理不尽なパワハラを受けていると。
菊池は少し気弱な面もあるが、いつも一生懸命で成績だってちゃんと残している。
それなのに謂れのないパワハラを受けているなんて…
それが真実なのか確かめるべく、俺は昨日喫煙所で課長を問い質した。
当然彼は否定したが、腹が立ったのはそれだけじゃない。
アイツはあろう事か、日頃から頑張っている菊池の事を侮辱したのだ。
俺はそれが許せなくてついカッとなってしまった。
勿論課長を本気で殴るつもりなど無かったが、流石に胸倉を掴んだのは大人気なかったかもしれない。
しかもよりによってその現場を葵に見られてしまうなんて…
(やっぱり後でちゃんと話しておこう…)
こんな事で彼女に嫌われたくなんかない。
そう思っていたのだが…
「…笹木」
「っ…!」
昼休み。
葵の後ろ姿に声を掛けると、彼女は大げさな程びくりと肩を竦ませた。
何もそんなに驚く事はないだろう。
「話がある……昼飯でも一緒に…」
「ご、ごめんなさい!今日は梨乃とランチする約束してるんです!失礼します!」
「っ…、おい!」
俺の呼び止める声も聞かず部署を出ていく彼女。
明らかに様子がおかしい。
(アイツ…)
柏木課長の噂は営業部以外にも広まっていた。
今朝、顔に大怪我を負って出社したと…
当然俺もその噂を耳にしていたが…
(葵のヤツ、まさか俺が犯人とか思ってねぇよな…?)
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