第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
彼女の自分に対する評価が低すぎることは、すでに分かっていた。
だから。
「オレにしてみれば、それでも充分スゲーっスよ! もう少し聴かせて欲しいっス」
そう言えば、詞織は気恥ずかしそうにはにかむ。
その笑みの破壊力は、今まで以上に強い威力を持っていた。
脳内が『可愛い』に埋め尽くされる。
やがて、彼女は旋律を奏で始めた。
先ほどよりもはっきりと、周囲の客を気遣って控えめに。
甘く優しく、切なくて物悲しい雰囲気だった。
けれど、好きだと言った気持ちは変わらない。
やはり、この旋律は好きだった。
詞織の歌をBGMにして、課題はどんどん進んでいく。
「終わった! 助かったっス! これ、明日が提出期限なのすっかり忘れてたっス!」
「お役に立てて良かった。でも、黄瀬さんは頭が良いですね。計算も速いですし」
ふわりと詞織が微笑んでくれる。
課題をやっていたはずなのに、それさえ楽しかったように思えた。
「普通っスよ。詞織っちの方が、ずっと頭が良いっス」
「わたし、そんなに頭は良くないですよ?」
「そんなことないっスよ。学年でどれくらいっスか?」
「最近あった中間考査は四位でした」
「めっちゃ良いじゃないっスか! 詞織っち、天才っスね!」
四位といえば、一位から数えて四番目。
黄瀬自身も勉強は不得手というほどではないが、学年四位なんてまず取れない。
「まさか。わたしは凡才ですよ。色々できるように頑張ってはいますが、結局天才には敵いませんから」
「詞織っち?」
謙遜、というには自嘲気味な声とセリフに違和感を覚え、心配になって呼びかける。
「オレ、なんかマズイこと言ったっスか?」
悲しい顔をする彼女を見たくなくて。
何が失言なのかも知りたかったが、彼女は笑って誤魔化してしまった。
「ごめんなさい、変なこと言って。そろそろ帰りましょうか?」
課題をカバンに詰めて、詞織が立ち上がる。
外へ出ると、陽はすでに暮れており、冷たい夜風が肌をさらった。
「それでは、また」
……『また』。
だったら、『また』会えるということだ。