第7章 たとえば、君を語る倖せ【クロスオーバー】
*Side 黄瀬*
「詞織っち、お待たせっス!」
走ってきた黄瀬は、肩で浅く息を繰り返しながら、待ち合わせの駅前に到着した。
「大丈夫、黄瀬くん? そんなに急がなくても、帰ったりしませんよ」
「それは分かってるんスけど……早く詞織っちに会いたくて」
呼吸を整える黄瀬に、最愛の彼女である鴇坂 詞織が顔を真っ赤にする。
どう返せばいいのか分からなかったのだろう。
口をパクパクとさせた詞織は、結局「ありがとうございます」となぜか礼を言い出して、黄瀬は内心で笑った。
そこで黄瀬は、彼女が手に持っている雑誌に目を止める。
「詞織っち、その雑誌……」
「あ、うん。近くの本屋さんで雨宿りしてて、そこで見つけたから、買って読んでたの」
表紙に載っているのは、モデルの仕事をしたときの自分の写真だ。
その表紙を見ながら、詞織は少し寂しそうに眉を下げる。
「モデルさんなのは分かってたけど……本当はすごく遠い人なんだなって、改めて実感して……」
黄瀬は無意識に、顔を伏せようとする詞織の手から雑誌を奪い、公衆の目も何も気にせず、彼女の細い身体を抱きしめた。
自分が黄瀬 涼太だとバレれば、メディアに叩かれ、仕事も来なくなるかもしれない。
けれど、それならそれで構わない。
黄瀬はギュッと抱きしめる腕に力を込める。
「き、黄瀬くん……?」
身じろぎする詞織に、黄瀬は口を開いた。
「こんなもの、見なくていいんスよ。これは、『みんなの黄瀬 涼太』っス。詞織っちは、目の前にいる、詞織っちに夢中な、『詞織っちだけの黄瀬 涼太』だけを見てて。ね?」
彼女を解放すると、深海色の瞳が頼りなさげに揺れている。
「それにほら、全然遠くなんかないんスよ。詞織っちが手を伸ばしたら、ちゃんと届くでしょ?」
詞織の手を取り、指を絡めて見せると、彼女はようやく頷いてくれた。
「うん、そうだね。ありがとう、黄瀬くん」
ふわりと、優しい微笑みを見せてくれる詞織の額に、自分の額をくっつける。
可愛い、愛しい彼女。
それだけで、胸が満たされた。
【たとえば、君を語る倖せ 了】