第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
「……あの」
「ん?」
「申し訳ないのですが、今日出された課題が終わっていなくて……少しやってもいいですか?」
「課題?」
「えぇ。いつも学園の旧図書館で終わらせて帰っていたのですが、今日は先生の依頼でやっていた仕事で、全然終わっていなくて……」
「それって、昨日もやってたんスか?」
「昨日? そうですよ。学園の旧図書館で終わらせるのが日課なので」
「旧図書館って……図書館とか図書室と違うんスか?」
「図書館は放課後、席が埋まってしまっているので」
旧図書館は、新しく新設された図書館に蔵書のほとんどを移動し、取り壊しを待っている状態なのだと、つけ加えて教えてくれた。
「そっスか」
良かった。
放課後、ずっと駅前で待ってたわけではないようだ。
少し安心した。
「黄瀬さんは大丈夫ですか?」
「え?」
「課題です」
「だいじょう…………あ」
何か出ていたような。
「ふふ。じゃあ、一緒にやりましょうか?」
「いいっスけど……」
特別頭は悪くはない……はず。
だが、人に勉強をしているところを見られるのは、少し恥ずかしい気がする。
こうして、二人で課題をやり始めて、それはすぐに分かった。
鴇坂 詞織という人物は、めちゃくちゃ頭が良いのだ。
考えている素振りすら見せない……というか、分からない。
その上、自分の課題をやりながら、黄瀬の課題の様子まで見てくれる。
「あ、そこは引っかけですよ。その公式を使うと、違う答えが出てしまいますから……」
「え……そうっスか?」
彼女の顔が近づいたことで、黄瀬の意識が課題から逸れた。
サラリと揺れる黒髪、長いまつ毛に胸が苦しくなる。
よく見れば、彼女はメイクをしていないようだ。
しかし、甘い香りがする。
香水か、それともシャンプーか。
そんなことを考えている間にも、彼女の説明は続いていた。