第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「初めまして、安室 透と言います。蘭さんの父君である毛利探偵の弟子をしていまして、ここで働きながら、私立探偵もしています。困ったことがあったらお力になるので、そのときはご連絡を」
そう言って、彼は『安室 透』の名前が書かれた名刺を差し出す。
「安室、透さん……?」
名刺の名前と安室の顔を見ながら、彼女は再び怪訝な表情をした。
「何か……?」
表情の意味を計りかねて聞き返せば、彼女は取り繕うように笑う。
「あ、すみません。何でもないです」
「そう言われてしまうと気になりますね。せっかくなので教えて下さい」
何がせっかくなのか。
できるだけ笑顔を崩さないように尋ねれば、彼女は困ったように眉を下げた。
「本当に、何でもないんですよ。ただ……少し……。本名を口にしたにしては、声のトーンが違うなって思って。……でも、気のせいですよね」
「「――――――っ⁉」」
安室は、自分がどんな表情をしているのか分からなくなった。
コナンの顔に緊張が走ったことにも気づかないほどに。
確かに『安室 透』は偽名だが、彼女はそれを聞いただけで看破した。
――彼女は、危険だ。
こんなところで、ボロを出すわけにはいかない。
安室は笑顔の仮面を被り直し、努めて平静な声を出した。
「そんなことを言われたのは初めてですよ」
「そうですよね。ごめんなさい、変なことを言っちゃって。……あ、注文ですよね。何にしようかな?」
「安室さんのハムサンドがおススメですよ。商店街のパン屋さんも、レシピを盗もうと通ったくらいですから」
「そうなんだ。じゃあ、ハムサンドと紅茶を頂けますか?」
そして、コナンと蘭、園子の分の注文を取り、安室はカウンターへ引き返した。
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