第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
部活が終わって、黄瀬は出待ちのファンに「用事があるから」と躱し、急いで駅前に向かった。
駅前には、詞織の姿は見えない。
やはり、来ていないか。
だが、もしかしたら来るかもしれない。
そんなことを思って、待つことにした。
そうだ、連絡を。
そこまで考えて、連絡先を聞いていないことを思い出す。
聞いておけばよかった。
不意に、ブブッと携帯が震える。
また知らない番号だ。
昨日の今日で、切った女からの連絡は鳴り止まない。
正直に言って、面倒くさい。
女を切ったのも、いい機会だったと思う。
十分、二十分と、時間がゆっくりと過ぎて行く。
何だか、もう半日以上待った気分だった。
やっぱり、来ないか。
昨日も困ってる感じだった。
こちらが一方的に交わした約束だ。
もう、帰ろう。
そう思って、「でも」と期待してしまう。
もし、自分が帰った後に来たら?
すれ違ってしまったら?
そんな甘い考えが過り、帰れずにそのまま留まってしまう。
後十分、後五分、後三分……。
そうやって、時間が積み重なっていく。
そして――……。
「あ……」
視界の端に詞織の姿を捉え、黄瀬の心臓が跳ねる。
走って来たのか、呼吸が乱れ、顔が赤く上気していた。
「き、黄瀬さん……っ」
駆け寄った彼女は、澄んだ声で名を呼んだ。
「遅くなってしまい申し訳ありません。先生に頼まれた仕事が長引いてしまって……きゃっ」
黄瀬は思わず、詞織を抱きしめた。
抱きしめた身体は思った以上に小さくて、軽い。
髪からは汗とシャンプーの匂いが混ざり、甘い香りがした。