第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
「こんなわたしでも、人の役に立てれば、何かしら意味があるように思えますし」
「……意味?」
けれど、それは一瞬のことで、彼女は「何でもありません」と笑顔で隠した。
そのとき、聞いたことがあるようなないような、そんなメロディが店内に流れる。
確か、音楽の授業で聞いたクラシック曲だ。
曲名は忘れたが。
「あ、ごめんなさい。わたしの携帯です」
そう言って、彼女は声のトーンを落として通話し始めた。
「もしもし、快音? ……ごめん。いま、駅前の……うん。夕ご飯はもう……母さまには話してあるから……」
快音? 男の名前だ。
何となくイラっとしてしまう。
「……あ、でもそれは……」
困ったような、とは違う……申し訳なさそう、とも言えない。
そんな複雑な表情を見せながら、詞織は電話の向こうの相手に「分かった」と砕けた口調で返事をし、通話を切った。
「大丈夫っスか?」
「はい、大丈夫です。心配性な兄が迎えにくると言っているだけですから」
それから間もなく、他愛のない話をしていると、コンコンと窓ガラスを叩く音が聞こえた。
顔を向けると、詞織と瓜二つの、彼女と同じ学校の制服を着た青年が立っていた。
その青年は、驚くほどに詞織と似ている。
詞織と同じ顔の、けれど彼女とは印象が真逆。
深海を思わせる切れ長の瞳、黒い髪はさらさらと夜風に溶けていて。
モデルをしている黄瀬と並んでも、見劣りしないイケメンだ。
「あ、快音」
慌てて立ち上がり、彼女は帰り支度を始める。