第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
部活に行くまでが大変だった。
狂暴化したファンの女子たちからの質問の嵐。
原因は、携帯からメモリを削除して、「もう遊ばない」と言ったこと。
それをどうにか曖昧に躱し、今日も部活に励む。
鴇坂、詞織。
初めて知った彼女のフルネーム。
もうすぐ会える。会って、言葉を交わせる。
黄瀬はいつも以上に気合いを入れ、練習メニューをこなした。
そんな彼の姿に、チームメイトたちが驚いていたのを覚えている。
だが、時間が気になってしかたがない。
部活が長く感じたことは初めてだった。
いつもは足りないくらいなのに。
部活を終えた黄瀬のところには、出待ちしていたファンが壁を作っていた。
どうして? 何で?
そんなことばっかり。
うんざりしながらも、それを振り払えない自分。
昨日の彼女は、不良の男たちに対して、あんなにもはっきりと言葉を紡いでいたのに。
……情けない。
ようやく解放された頃には、部活を終えて三十分近く経っていた。
急いで約束している駅前へ向かう。
段々と空は暗くなってきて、街灯の明かりがちらつき始めていた。
駅前に着いた黄瀬は、昨日のようにキョロキョロと辺りを見渡す。
帰っただろうか。
そう言えば、彼女はこの時間まで何をしていたのだろう。
そう思っていると、改札の切符売り場で彼女を見つけた。
……いた。
声を掛けようとして、彼のは踏みとどまる。
彼女は老女を支え、切符を買ってあげていた。
何を話しているのかは分からない。
ただ優しそうに微笑みながら、老女の背中に手を回し、荷物を持ってあげている。
改札を通り抜けたその老女に荷物を返して見送り、彼女は駅前の入り口に立った。
何をするわけでもなく、けれど、ボーッとしている印象もない。
壁に背を預けることなく背筋を伸ばし、時折時間を見ているようだった。
思わず見惚れていた黄瀬は、慌てて彼女に駆け寄る。