第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
「なにあれ、怖ッ。一人で男二人倒しちゃったじゃん!」
「っていうか、『名乗るほどの者じゃありません』って、いつの時代の人間って感じ!」
「それ、ウチのじいちゃんが観てた時代劇でやってた!」
腹を抱えて耳障りな声を上げる女子が見上げてくる。
「リョータ、もう行こうよ」
誰かが服を引っ張るが、彼女に心を奪われてしまった黄瀬は、それに応えることができなかった。
「……リョータ?」
二度目の呼びかけで、意識の半分が戻って来る。
「ゴメン、用事ができた」
ポツリとどうにかそれだけを告げ、黄瀬は女子たちの腕を振り解いた。
走ればまだ追いつけるだろうか。
駆け出した後ろから、女子たちが名前を呼んでくるが、それは無視する。
どこに行ったのだろうか?
しばらく走り、足を止めて周囲を見渡したが、見つからない。
もう少し先か? それとも、もう通り過ぎたのか?
バクバクと逸る心臓は、走ったせいだけではないだろう。
気になる。
会ってみたい。
会って、話がしてみたい。
そんな、一種の好奇心や思いつきに近い感情。
それだけの理由で、彼は足を動かした。
だが、どうしても見つけられない。
大きく息を吐いて、足を止める。
「……詞織……」
海常高校の制服を着た少女が呼んでいた、彼女の名前。
それを口にすると、心臓が鷲掴みにされたように痛む。
思い出す。
澄んだ深海色の瞳、凛とした声。
思い出して、黄瀬は空を仰いだ。
放課後の空は、朱く夕焼けに染まり、段々と紫がかっていく。
そんな空を見ながら、痛む胸を押さえた。
……あぁ、もう一度、キミに会いたい。
* * *