第3章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】①
「くそっ」
不良は舌打ちしつつ、痛む身体を押さえながら逃げて行った。
その様子をずっと見ていたギャラリーから、一斉に拍手が湧き上がる。
しかし彼女は、自分の手柄を誇示することなく頭を下げた。
「大変お騒がせいたしました」
一言 言って、彼女は背中に庇っていた少女へ向き直り、黄瀬たちギャラリーに背を向ける。
その動作の中で、彼女の顔はよく見えなかった。
「大丈夫ですか? 怖かったでしょう?」
「あ、はい……あの……」
よほど怖かったのか。最初に絡まれていた少女は礼すら口にできずにまだ震えている。
「もう泣かないで。可愛い顔が台無しですよ」
勇敢な彼女は少女の頬に優しく触れ、涙を拭っている。
彼女の陰からちらりと見えた少女の赤い顔が、余計に赤くなったように見えた。
「もう、詞織。何やってんのよ。ビックリしたじゃない」
そこへ、新たな少女が登場した。
黄瀬の周りの女子たちと同じ、海常高校の制服を着た、茶髪にウェーブのかかったセミロングの少女だ。
「ごめん、紗良」
「いいから、早く行こ。さっきから撮られちゃってる。もったいないよ、詞織の写真や動画をタダで撮らせるなんて!」
「そう、かな……?」
ギャラリーが解散する中、海常の制服を着た少女は無理やり、勇敢な彼女を引っ張って立ち去って行く。
そんな二人に、震えていた少女が言葉を投げかけた。
「あ、あの……っ、お名前は?」
不良に立ち向かった彼女が、黒く長い髪を靡かせて振り返る。
そのとき、ようやく彼女の顔を見ることができた。
まるで深海を切り取ったような大きな瞳を細めた彼女は、ふわりと微笑む。
「名乗るほどの者じゃ、ありませんよ」
ドクンと、胸が高鳴った。
見て見ぬフリをしていた人間、傍観を決め込んでいたギャラリーを責めない優しさ。
見知らぬ人間を助ける勇気、不良たちに立ち向かう強さ。
その一つ一つが眩しくて……。