第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
翌朝、詞織の部屋で目を覚ましたアピスは、一旦執務室で急ぎの仕事を済ませ、再び彼女の部屋へ戻って来た。
解毒剤が効いたのか、熱は下がったようだが、目を覚ます気配はない。
白い包帯の巻かれた手を見る。
その手の甲は、未だに赤く腫れていた。
いつも、こうして他人を庇っているのだろうか。
自分にしたように、誰かの……何かのために謳を歌って、心を砕いているのだろうか。
昨日のパーティーの謳が、自分に向けられたものだということはすぐに分かった。
愛することも、愛されることも煩わしいと感じるアピスに、どうか『愛が伝わりますように』と。
愛を求め、愛を与えたいという曲だ。
あの謳を贈られている人間が、自分以外にいる?
それを考えると、無性に苛立った。
やり場のない怒りを持て余し、アピスは頭を振る。
いったい、どうしたというのか。
もう一度、彼女の笑った顔が見たい。
アピスは昨日したように詞織の髪に触れ、もう片方の手は彼女のそれに添える。
すると、やはり詞織は心地良さそうに笑った。
それを見て、アピスはようやく、自分の中に生まれた感情に、名前をつけることができた。
――あぁ、そうか。
そういうことだったのか。
胸の中に燻(くすぶ)ぶった苛立ちが姿を消し、同時に温かな幸福感が広がっていく。
声を上げて笑いそうになるのを、アピスは必死で押さえた。
彼女が笑えば、自分は心穏やかでいられるのだ。
彼女が自分のために歌ってくれたなら、自分は満たされるのだ。
その為ならば、自分は何だってできるだろう。
アピスは窓に近づき、昨日、彼女が倒れた庭を見下ろした。
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