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たとえば、キミを愛する倖せ【短・中編集】

第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】


「……何?」

 身を乗り出して尋ねれば、詞織の細い指がアピスの服の袖を掴んだ。
 ゾワリ…と悪寒が走り、反射的に払いのけそうになって、すぐに現状を思い出す。

 彼女は自分を庇って倒れたのだ。
 そもそも、すでに自分は詞織を抱き上げてここまで運んだ。

 毒を吸い出したり、解毒剤を口移しで飲ませたり。
 接触を嫌う自分には考えられないことを、彼女にしている。
 正直、今さらであった。

 そのままじっとしていれば、詞織は目尻に涙を溜めた。

「……わ、たし……わたしにも……わたしに、だって……できる、から……お願い、わたし、も……」

 目尻から涙が白い頬を伝う。
 彼女はそれっきり、何かを言うことはしなかった。

 ただ、アピスに触れて落ち着いたのか、静かに寝入っているようだ。
 詞織が何を言っているのか、何が言いたいのかは分からなかった。
 けれど、パーティーで歌っていた詞織の謳を思い出す。


 ――空っぽなわたし自身……と。


 眠る前にも、彼女は似たようなことを口にしていた。


 ――「……わたし、やっぱり………ダメだなぁ……なんにも、上手くできなくて………」


 優しい旋律の中に含まれている、もの悲しさや切なさ。
 極端に己を卑下する言葉の数々。

「…………」

 しばらく見つめ、アピスは不意に手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。
 触れた髪はさらさらと指通りが良い。

 次第に詞織の表情が和らぎ、どこか安心したような微笑みを見せた。

 袖を掴んでいた手が下り、アピスの手を握る。
 触れた指先に戸惑いながらも、彼女の触れた手の柔らかさが心地良かった。

 ……何だ、この気持ちは……?

 胸が激しく脈を打ち、それを逃がすように、アピスは息を吐いた。

* * *

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