第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
「長い間、意識が戻らなかった……心配した」
それだけを、ようやく口にすることができた。
アピスの言葉に、詞織は驚いたように目を丸くして、心配そうに眉を下げる。
「アピスさんの、熱は……?」
「君が倒れて吹き飛んだよ、そんなの」
まるで、昼間と立場が逆だ。
アピスが彼女に心配されるのではなく、詞織が彼に心配される。
詞織が彼を心配するのではなく、アピスが彼女を心配する。
今、自分はどんな顔をしているのだろう。
アピス自身も驚くほど、優しい声が出た。
「……寝なよ、ここにいるから。何かあったら言って」
「ほ……と、に……?」
うん、と頷くと、詞織は黒水晶の瞳を閉じる。
その表情は、どこか悲しそうだった。
「あ……あの……」
声を掛けられて振り返れば、従者や世話役のメイドが居心地の悪そうに立っている。
正直、存在を忘れていた。
まだいたのか、と少々うんざりする。
「彼女の世話は僕がするから、君たちは下がっていいよ」
「で、ですが……」
「僕がやると言ってるんだ。他に何が言いたいの?」
言い募ろうとするメイドにやや冷たく突き放せば、いつもと違う態度のアピスに彼らは委縮し、慌てて下がる。
それを確認して、アピスは詞織を見つめた。
浅い息を繰り返している詞織に、彼は眉を寄せる。
自分の彼女に対する態度は、お世辞にも良いとは言えなかった。
具合が悪いアピスを詞織は常に気遣い、心配していて。
アピスはそれを散々突き放した。
それなのに――……。
「……なんで庇うんだよ……」
手当された彼女の手は、痛々しいほどに腫れてしまっていた。
そこへ、詞織が身じろぎをする。
寝苦しいのだろうか。
そう思って毛布を少し下げてやると、彼女が手をさ迷わせた。