第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
あれからすぐに彼女を部屋へ運んだ。
冷たくなっていた身体は、徐々に平熱を遥かに上回る熱を発している。
「アピス様、解毒剤を……」
従者に労いの言葉を掛けて受け取り、アピスは解毒剤を持って彼女のベッドまで向かった。
苦しそうに呻く詞織が痛ましく、同時に不快だった。
ただ、笑っていればいいんだ。
ただ笑って、ただ歌っていればいい。
アピスは解毒剤を口に含み、彼女に口移しで飲ませる。
「あ、アピス様⁉」
突然の彼の行動に驚きの声を上げた従者たちを無視し、詞織の唇と歯を舌でこじ開け、喉の奥へ解毒剤を流し込んだ。
コクリ…と喉が嚥下したのを確認し、熱く柔らかい唇から離れる。
すると、ぼんやりとした黒水晶の瞳と目が合った。
状況を理解できないのか、焦点が合わない。
「……気がついた?」
彼女は答えない。
声が聞こえているのかも、少し怪しかった。
「君は僕を庇って毒蜂に刺されたんだ。解毒剤は飲ませたけど……今晩は少し苦しいと思う」
ゆっくりとした口調を意識して、アピスが状況を説明すると、段々と理解が追いついて来たのか、詞織は顔を伏せる。
「……ご迷惑を……お掛けしました」
迷惑?
むしろ、助けられて感謝されるべきところだろう。
謝るべきは、詞織ではなく自分の方だ。
掠れた声で謝罪を口にする彼女に、素直に礼を言うことはできなくて。
「……君、本当に馬鹿だね。僕を守ろうとしたわけ?」
そんな憎まれ口を叩いてしまう。
「……ごめん……なさい。わたし、やっぱり………ダメだなぁ……なんにも、上手くできなくて………」
こんな状況でも笑おうとする詞織の頬に、アピスは優しく触れた。
頬は熱く、けれど柔らかい。