第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
「詞織様、急なお願いではありますが……あなたをアピスの婚約者候補として、お迎えできないかしら?」
「え……?」
何を言われたのか分からなかったのだろう。
理解が追いつかない彼女に、母は続ける。
「もちろん、今すぐにとは言いませんが。あなたが縁談を結んでくれれば、ますますアピスは……」
「あ、あの……」
夜の中においても、詞織の瞳が彷徨っていることは分かった。
一生懸命、頭の中で言葉を選んでいることが、手に取るように分かる。
アピスにはすでに婚約者が数名おり、中には小国の姫も名を連ねていた。
そして、謳魔法の国は大国だ。
国力や規模は比べるまでもない。
それだけでなく、詞織の所作や謙虚さなども気に入ったのだろう。
やがて、頭の整理がついたのか、詞織は軽く深呼吸をした。
「王妃さまのお申し出は……大変、光栄に存じます。わたし自身も、姫として国の繁栄に繋がる婚姻をしなければならないのでしょう。それは、わたしの『義務』です」
ですが、と少女は凛とした声で言葉を紡ぐ。
「たとえ『義務』であったとしても、わたしは……一生涯を共にする相手と、心を通わせた結婚をしたいと思うのです。共に寄り添い、支え、励ますことで、国はさらに豊かになる。それは自分の為であり、相手の為でもある」
ただ人に決められたから結婚するのではなく、最後は自分の意思で、相手を決めたいと思います。
そこまで言い切って、詞織は一度頭を下げた。
「申し訳ございませんが、今この場でお話を受けることはできません。どうか、少し考える時間を頂けないでしょうか? 王妃さまがアピス王子を想っての、せっかくのお申し出です。しっかりと考えた上で、答えを出したいと思います」
詞織の黒水晶の瞳がアピスを映す。