第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
「アピス様! 素晴らしい演奏でした!」
「今度是非、我が国へもお越し下さい!」
自分の、熱でやや乱れた演奏を「素晴らしい」と評価する商人たちに、アピスは笑顔を作って当たり障りなく応えた。
詞織が謳い終えて囲まれなかったのは、入れ違いにすぐアピスが演奏したからだ。
それ以前も、ずっと隣にアピスがエスコート役としてついていた。
……落ち着かない。
そう思って周囲に気を配れば、詞織の姿が見えなくなっていた。
まさか、母に何か言うつもりでは。
そんな予感に居ても立っても居られず、アピスは適当な言い訳で断りを入れ、会場を出た。
もし、母と一緒にいるなら……その可能性のまま庭に出れば、ベンチに座った母と話をする詞織を見つける。
王妃に主宰を代わってもらおうと考えたのだろうか。
詞織が何か言おうと口を開くのを許さず、アピスは二人に近づいた。
「……二人で何を話されているのですか?」
突然遮った言葉に驚いたのか、振り返った彼女は夜空と同じ色の瞳を丸くした。
笑顔の裏に無言の圧力をかければ、それを察した詞織が口をつぐむ。
すると、母がベンチに座ったまま、艶やかな微笑を浮かべた。
「アピス。演奏、素晴らしかったわ。来賓の方にも賛辞を頂きました」
誇らしげに語る母にうんざりしながらも、「それは良かった」と表面だけ取り繕う。
やがて、王妃はその瞳を詞織に移し、「そうだわ」と驚くべきことを口にした。