第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
心配そうな黒い瞳を向けてくる詞織と目が合った。
おそらく、誰も気づかない音の揺れに気づいたのだろう。
前で見ていると、自分の演奏にうっとりしている聴衆の中で、不安そうな彼女はかなり目立った。
演奏を終えて礼をすれば、大きな拍手が沸き起こる。
その拍手は、詞織の謳の後に送られたものに比べて大きい。
けれど、本当に人の心を揺さぶった演奏には、拍手は送られない。
なぜならば、感動して身体を動かすことができないのだ。
自分のフルートの腕は、決して悪くはない。
むしろ、人に感動を与えられるという自負もある。
しかし、詞織の謳は、その上を軽くいっていた。
まぁ、アピスにとってフルートは趣味であり、謳魔法の国に生まれた詞織にとっては、謳は自身を構成する一部。
比べることすらおかしいのかもしれない。
相変わらず送られる賞賛の嵐に、疲労がどっと押し寄せてくる。
一際大きな音を鳴らす方へ目を向ければ、誇らしげな表情を浮かべるアベーテルの王妃である、母と目が合った。
それに軽く会釈して微笑みを返し、彼は詞織の元へ戻る。
「あぁ、疲れた」
口にしてみれば、少しだけ疲労が緩和された気がした。
「アピスさん、顔色が……もしかして、熱が上がったんじゃ……」
「……大したことない」
伸ばそうとした手を止めた詞織が心配そうに眉を下げる。
何だ、自分は。
心配かけてばかりではないか。
「お部屋に戻りましょう。このままだと……」
「戻るわけないだろ。主催者がいなくてどうするんだ」
「それは……」
戻るわけがない。
けれど本当は、戻れるわけがないのだ。
主催者のいないパーティーなどあり得ないのだから。
言葉を詰まらせた少女も、一国の王女としてその意味が分かるはず。
そこへ、人の波が訪れる。