第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
優しく慈愛に満ちた、けれど、どこか悲しい旋律。
切ない歌声は、どこまでも切実に、愛を求め、伝えようとしていた。
それは……いったい誰に?
不意に、黒水晶の瞳と目が合った。
そして。
――愛よ 注いで
――どうか 君に……どうか わたしに
――愛よ……愛よ……
鮮やかな光が会場を満たす。
色とりどりの光はゆったりと漂い、溢れた。
淡い光たちは、何かを求めるよう瞬く。
美しい旋律と幻想的な光景に、気がつけば一筋の涙が頬を伝った。
一瞬だけ満たされたような。
一瞬だけ、現実を忘れることができたような。
そんな気分にさせられて、アピスは慌てて涙を拭い、気を引き締める。
――愛よ――……
詞織が歌い終えて礼をすると、呆然とした聴衆の中で、ハッと誰かが我に返ったのか。
数拍遅れで、まばらな賞賛の拍手の後に、割れるような拍手が送られる。
アピスの元へ戻ってきた詞織が何かを言おうとしたことに気づきながら、彼はそれを意識して無視し、フルートを持って前に出た。
「ご出席いただいた皆様に、我が国からの感謝の気持ちを」
そう言って、アピスはフルートに唇をつけた。
昼間、木陰で奏でていたものと同じ旋律が会場を包み込む。
頭どころか、身体が記憶した旋律。
集中したせいか、頭が割れるように痛み、音がぶれた。
それをどうにか持ち直し、アピスは指を動かす。