第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
「愛するなんて、誰かの自由を奪う行為なんだよ。だから僕は……誰も愛したくない。まして、愛されるなんて……」
「そんなこと……ありませんよ」
黙って聞いていたはずの少女が、悲しそうな顔を上げた。
「何も知らないくせに、どうしてそんなことが言えるの?」
枯れた声で聞き返せば、詞織は小さな声で言葉を紡ぐ。
「アピスさんの言っていることが、分からないわけではありません。愛しているから、何でもしていいと思っているわけでもない」
それでも、と少女は続けた。
「愛することは、尊いことだと思います。アピスさんが愛することを煩わしく思っていることは、分かりました。けれど、愛することを煩わしく思うのは、アピスさんがまだ、愛する誰かを見つけられていないからです」
見つかれば、きっとその尊さが分かるはずです。
少女の静かな声に、アピスは何も言えなかった。
不意に、手のひらが柔らかく温かなものに包まれる。
それが詞織の手だと分かったが、アピスは振りほどかなかった。
「……触れられるのは、嫌いだ」
言いながらも、彼はその小さな手のひらを握り返す。
詞織の手は冷たく、心地よかった。
愛することは、尊いこと。
愛することを煩わしく感じるのは、愛する誰かを見つけられていないから。
口ばかりの言葉。
そう突き返すことはできなくて。
うとうとと眠気に瞼を閉じながら。
花を蘇らせた、詞織の美しい歌声を聴いたような……そんな気がした。
* * *
その日の夜、アピスは予定通り、晩餐会へ出席していた。
謳魔法の国の姫君である詞織をエスコートしながら、少しだけすっきりした頭を使い、商人たちの見え透いたおべっかに対して、適当にニコニコと返す。