第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
詞織に支えられながら、どうにかアピスは自室へ戻った。
見飽きた自分の部屋の大きなベッドに横たわれば、どっと疲労感が襲って来る。
静かな部屋の中で、自分の荒い息遣いだけが響いていた。
城の従者を呼ぶと言う少女を断れば、黒く大きな瞳に心配そうな色を滲ませる。
「でも、額を冷やさないと……そうだ、せめて謳魔法で治療をさせて下さい。風邪ぐらいならすぐに治せ……」
「余計なことはするな。平気だ……」
他人に、それも、十歳も年下の少女に借りなんて作りたくない。
顔を背けて拒絶する。
取りつく島もない自分の態度に、少女は焦れるよりも悲しそうに眉を下げた。
「ですが……その身体では、晩餐会へご出席されるのは無理ではありませんか?」
案じる詞織を「うるさい」と黙らせる。
「あまり無理をなさらないで下さい。王妃様も心配されます」
王妃が自分の母だと分かり、笑いが込み上げた。
喉の奥でクツクツと笑い、アピスは端正な顔を歪めて口を開く。
「あぁ、ものすごく心配するだろうね」
「もちろんです。だって、王妃さまは……」
「僕のことを『愛してる』って言いたいの?」
アピスは詞織の言葉を引き継いだが、彼の推測は正しかった。
ゼェゼェと息を吐きながら、蜂蜜色の瞳を少女に向ける。
「ねぇ、『愛してる』って便利な言葉だよね」
「え……?」
愛しているから。
その言葉で縛りつけて、思い通りにできる。
彼は譫言(うわごと)のように呟き続けた。
「振る舞いも、勉学も、フルートも……物心ついたときからずっと、あの人が僕に強要してきたものだ。愛してるから、期待してるから。だから『頑張れ』って言われ続けてさ。全部、あの人の思い通りに僕は生きてきた」
詞織は顔を伏せ、アピスの言葉を黙って聞いている。