第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
自分の態度の変化を、思うよりずっと好意的に解釈されていて、アピスはどっと疲れを感じ、木にもたれかかった。
頭の中で、誰かがハンマーを使って叩いているような。
そんな気がして、頭痛が酷くなったのだと分かった。
「アピスさん? 顔色が……」
大丈夫ですか?
頬に手を伸ばそうとする詞織に身体が強張らせると、その様子に気づいた少女が「すみません」と手を引く。
アピスは力の入らない身体を叱咤して立ち上がった。
「……平気ですよ。すみません。晩餐会までに準備がありますので」
足を踏み出せば、頭の中が反転する。
気がつけば、体勢を崩してその場に倒れ込んでいた。
「アピスさんッ!」
詞織がアピスの長身を抱きとめられず、地面にしゃがみこむ。
少女の身体は想像よりも小さかった。
ひんやりとした細い手が、彼の額に当てられる。
ゾッとするのと同時に、その冷たさが気持ち良い。
「……僕に、触るな」
熱かったのだろうか。
虚勢で冷たく紡がれた言葉に反応することなく、黒水晶の瞳を見開いた詞織が立ち上がろうとする。
「人を呼んできます!」
「誰も呼ぶな!」
思うよりも大きな声が出た。
弱っているところなんて、誰にも見せたくない。
でも、と続けようとする少女を、「うるさい」と切り捨てる。
熱が上がったのか、呼吸が辛かった。
「誰にも知らせるな。少し、肩を貸せ……」
一人で自室に辿り着くのは厳しい。
そう判断して、仕方なくそう言った。
他人に触るのも、触られるのも嫌だが。
仕方がない。
詞織が躊躇ったのは、触れられることが嫌いだと言ったからだろうか。
気を遣う少女の手を借りて、アピスはどうにか立ち上がった。
* * *