第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
晩餐会も、商人たちに媚びへつらうだけのふざけた場。
金にしか興味のない愚かな奴らのご機嫌取りだ。
……吐き気がする。
溜まったストレスを吐き出すアピスの姿は、きっと詞織の黒水晶の瞳には今までとは別人のように映っていることだろう。
「……気持ち悪い」
先ほど母に触れられた頬に不快感を覚え、その感触を掻き消すように手を当てた。
詞織をここに連れて来た時点で仕事は終わった。
後は、侍従やメイドに任せればいい。
戸惑う少女を置いて、アピスは部屋へ戻るべく詞織に背を向ける。
「あ、アピスさん……!」
少女に腕を掴まれ、アピスは踏み出した足を止めた。
「……僕、触れられるの嫌いなんだよね」
低く言って乱暴に腕を振り払う。
すると、詞織は勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
「……は?」
今度はアピスが戸惑う番だった。
「その……わたし、母が生まれて間もなく亡くなったので、生きていたら、王妃さまがアピスさんを愛するように、わたしも接してもらえたのかな……なんて思って。アピスさんが不快に思うなんて考えなくて……本当にごめんなさい!」
こいつ、頭がおかしいのか?
何で謝られているのか、分からなかった。
どこをどう考えても、非礼を働いているのは自分の方だ。
突然の態度の変化に気遣った腕を振り払ったのも、アピス側の都合。
それなのに――……。
意味が分からない。
どう接していいのかも。
どう答えればいいのかも。
分からないまま、アピスは逃げるようにその場を立ち去った。
* * *