第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
「詞織様……是非お願いできませんでしょうか? 皆、気の良い方ばかり。きっと、とても楽しいわ」
一瞬躊躇いを見せた少女は、やがて「分かりました」と承諾した。
「そこまで言われるのであれば、出席させて頂きます」
お人好しな性格なのか、押しに弱いのか。
「……大丈夫ですか? ご無理をなさる必要はありませんよ?」
小声で気遣ってみれば、詞織は「大丈夫です」と人好きのする笑みを浮かべる。
さっきまで王妃の対応に困っていたのが嘘のようだった。
「良かった。ありがとうございます」
そうして、王妃はアピスを呼んだ。
「晩餐会ではいつものフルートをよろしくね。皆、貴方の演奏を楽しみにしているわ」
「かしこまりました。お任せ下さい」
愛おしそうに両手で頬に触れてくる母にゾッとしながらも、それを覚られないように笑顔を張りつける。
「そうだわ、詞織様。是非、あなたの謳も聴かせて下さらないかしら? 謳魔法の国の方がどんな謳を歌われるのか、聴いてみたいわ」
「ご期待に添えるように努めさせて頂きます」
礼をする少女は、一国の姫として恥じない優雅さで応えた。
やがて、満足して去る母を見送り、アピスは申し訳ないという表情を作って顔を伏せて見せる。
「すみません、母が勝手を申しまして」
「いえ、わたしでよければ……。それにしても、王妃様はアピスさんをとても大切にしていらっしゃるんですね」
「……とても、大切に?」
どこか羨ましそうに紡がれた言葉が、アピスの心の均衡を崩した。
「……あぁ、そうだね。本当に、鬱陶しいくらいに『愛されている』よ」