第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
歌い終えた詞織の周りには、謳につられてたくさんの人が集まり、数拍遅れで、割れるような賞賛の拍手が贈られた。
中には呆然と未だに歌の余韻に浸っている者、感動で涙を流している者もいる。
アピスはしばらく、指ひとつ動かすことができずに立ち竦んでいた。
しかし、賞賛の嵐の中で、一瞬だけ詞織の表情が陰ったことに、微かに眉を寄せたのだった。
* * *
城へ戻れば、毒薬の国アベーテルの王妃であり、アピスの母親が迎えた。
アピスと同じ金色の髪と蜂蜜色の瞳を持つ母は、詞織を見て美しい笑顔を見せる。
「シンフォニアの姫様、よくお越し下さいました。とても楽しみにしておりましたのよ。想像通り、とても可愛らしい方で嬉しいわ」
「もったいないお言葉です。こちらこそ、お招き頂きまして、大変光栄に存じます」
スカートの裾を持ち上げて淑女の礼をする少女に、王妃もすっかり上機嫌だ。
そして、王妃は「そうだわ」と手を打った。
「アピス。明日の夜、貴方が主催する商人たちとの晩餐会があるじゃない? 詞織様にもご参加頂いたらどうかしら? 一国の姫を伴っているとなれば、アピスの評価だって上がると思うの」
突然の母の提案に、アピスと詞織は戸惑う。
「そんな……ご迷惑ではないでしょうか? 一国の姫とはいえ、政務に関しては全くの素人。容姿だって凡庸で、アピスさんの隣を歩くには釣り合いが取れません。逆にお邪魔では……」
「母様。来て頂いたばかりで、急ではないでしょうか?」
自虐の言葉を続ける少女に、アピスは助け船を出した。
国の政務はほとんど王子がするのだ。
政治に疎いのは仕方がない。
容姿に関しても、アピスが見てきた女性の中では最も可愛らしい顔立ちをしている。
そんなに卑下することはないと思うが、出席したくないものを無理して出てもらう必要はない。
しかし、王妃が引くことはなく、困ったような表情をする。