第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
「……失礼しました。この蜂は毒を持っていないので、大丈夫ですよ」
怪訝な表情で首を傾げる少女に、非の内どころのない所作で対応する。
「さぁ、行きましょう」
アピスは再び、今度は詞織を連れて花の咲く道を歩き出した。
国の話をしながら、それに相づちを打つ少女は、先ほどのアピスの様子など忘れたように笑う。
やはり、城の中で大切に大切に育てられたのだろう。
世の中の醜いことから切り離され、汚いものから遠ざけられ。
……嫌いなタイプだ。
そのとき、不意に詞織が足を止めた。
「どうしましたか?」
舌打ちしたい気持ちを抑えて振り返れば、道に沿うように植えられた花を見て、詞織は顔を曇らせている。
アピスは数歩足を戻して視線を追った。
「あぁ、枯れてしまっていますね」
美しく咲く花の中に、一輪だけ萎れた花が混ざっている。
「人間に寿命があるように、花にも寿命があります。気にすることはありませんよ」
先を促すが、少女は「少し待って下さい」と動かない。
「エゴだと分かっています。偽善だと思ってもらって構いません。それでも、助ける力を持っているのに、見てみぬふりはできないんです」
そう言って、詞織は桃色の唇を開いた。
――誰かが わたしの名前を呼んでいる
――どこか悲しくて 懐かしい歌声(こえ)
瞬間、アピスは目を瞠(みは)り、息を呑んだ。
――孤独の闇さえ 包みこんでゆこう
――光ですべてを 抱きしめるように……
儚くて、もの悲しい歌詞。
それは、甘やかされて育ったはずの少女には似合わない、美しい旋律だった。
萎れた花が可憐な花びらを取り戻す。
少女の歌が、『謳魔法』と呼ばれるものであると、遅れて気がついた。