第2章 たとえば、君に触れる倖せ【夢100/アピス】
甘い花の香りが鼻孔を擽(くすぐ)る。
色とりどりの花が飾る道は、幼い頃から通う見慣れた景色だった。
――毒薬の国アベーテル。
四国から成る毒薬の国の一つで、おもに毒を使った武器の製造が盛んな国だ。
その国の王子アピスは、黒い髪が混ざる金色の髪を風に揺らして歩いていた。
誰もが振り返る美しい顔立ち、洗練された所作、歩く姿さえ絵になる。
その途中で、アピスの蜂蜜色の瞳が一人の少女に固定された。
黒絹の髪が、歩く度にさらさらと、まるで音でも奏でそうなほどに揺れている。
宝石のような髪と同じ色の視線が、アピスの瞳と交錯した。
謳魔法の国シンフォニアの第一王女、詞織である。
謳を歌うことで魔法を行使する国だ。
シンフォニア、ファンタジア、ハルモニアの三国から成る国で、国交間の関係は、毒薬の国とは違って極めて良好らしい。
一ヶ月前、公務で行った同じ毒薬の国モルファーンで、初めて詞織と出会った。
毒薬の材料には薬になるものも多く、詞織はそれを受け取りに来ていたようだ。
足を止めた詞織に、アピスはゆったりとした動作で近づく。
「お待ちしておりました、プリンセス」
そう言って礼をすれば、彼女は小走りで駆けて来た。
「アピス王子、わざわざ迎えに来て下さったのですか?」
「当然のことですよ。僕がお招きしたのですから」
アピスは優雅に一礼して見せる。
社交辞令とはいえ、「次は是非我が国へ」と言ったわけだから、誘わないわけにはいかない。