第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
やがて、自動車が神結邸に到着する。
少しの沈黙と名残惜しさに、二人はしばらく動かなかった。
「…………あなたは……」
唐突に、何かに操られるようにして、安室は言葉を紡いだ。
「……あなたは……この国が好きですか?」
まるで、自分が自分ではないみたいで。
自分でも意図しない言葉を紡いでいた。
沈黙が降りる。
そんな心地良い沈黙に、時が止まったような錯覚さえ感じた。
彼女が何を考えているのか分からない。
それが急に不安になって、安室は詞織を見た。
大きな琥珀の瞳に魅せられる。
「……好きですよ。大好きな人が、たくさんいますから」
透き通ったソプラノが、耳朶をくすぐった。
――あぁ……『俺』は――……。
手が伸びる。
褐色の手のひらが、詞織の白い頬に触れた。
それは無意識のことで。
気がつけば、安室は詞織の顔を引き寄せていて。
「あ、むろ……さ……」
ギュッと、自分の服の裾が握り締められる。
唇が触れそうになった瞬間――我に返って、その小さくも細い身体を抱きしめた。
「おやすみなさい。……また、明日」
「は、はい……」
彼女の顔が赤いのは、自分を意識してくれているからだろうか。
そんな都合のいい解釈をしながら。
心が、完全に彼女を求めている。
そのことを、安室は認めるしかなかった。
* * *
それから、安室は時間さえあれば、詞織と会うようにした。
学校まで迎えに行ったり、ポアロで会ったり、帰りは自宅まで送ったり。
彼女と会う時間が尊く、彼女と過ごす時間が癒しだった。
その日、安室は薄暗い道に自動車を走らせていた。
助手席には、ブロンドの髪の女性――ベルモットが乗っている。
車内には、二人の間に漂う張り詰めた空気には不釣り合いな、至極の旋律が紡がれていた。
神結 詞織――DIVAの歌声である。