第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「……――以上です。特に目立った動きはありません」
定期連絡を終えれば、「そう」と彼女は面倒くさそうに相槌を打ち、窓の外を眺めた。
「……そう言えば、神結 詞織とはどこで知り合ったんですか?」
興味本位で尋ねると、ベルモットは少しだけ運転席の安室を見て、再び外へ視線を戻す。
しばらく沈黙していた彼女は、やがて煙草に火をつけ、窓の外へ煙を吐き出した。
「去年――いや、一昨年のことだったかしら? 仕事でヘマして、追手から逃げてたのよ。どうにか追手を巻くことができたけど、途中で足を挫いちゃって。だいぶ疲れてたし、あたしは動けなくなってた。……そのときよ、DIVAが現れたのは」
――『大丈夫ですか? ケガをしているなら、私の邸に来て下さい。手当くらいならできますから』
そう言って、彼女は暗い路地裏に隠れていたベルモットを邸に招いた。
風呂を用意し、紅茶を出して、傷の手当てをして、ベッドまで用意して。
「歌を聴かせてくれたわ。心に染み渡る、それはそれは素敵な歌を。あたしのためだけに、歌ってくれたの」
――『歌には、特別な力があるんですよ』
「あたしの心を……黒く濁ったあたしの心を、一瞬で虜にした。あの歌を、あたしは一生忘れないわ。まぁ、変装もしてたし、あの子はあたしを助けたことなんて、忘れてるでしょうけどね」
「……そうでしたか」
素っ気なく、安室は返す。
――「あたしのためだけに、歌ってくれたの」
あたしのためだけに。
そう、ベルモットは語った。
まるで、自分の宝物を自慢するように。
それがひどく不快で。
それがひどく、羨ましかった。
* * *
事件が起こったのは、それから四日経った日の夕方だった。
ポアロヘ出勤する途中で、突然携帯が着信を告げる。
公安用の携帯だ。
嫌な予感がして、安室は急いでそれを取る。
「どうした?」
『降谷さん、実は――』
神結 詞織が拐われた――そう、部下は告げた。
不良らしき男三人に自動車に押し込められ、助けようと走り出したときには、すでに発進してしまった、と。