第7章 たとえば、君を語る倖せ【クロスオーバー】
*Side 安室*
まだ小雨の続く道路を愛車で急ぎ、安室は待ち合わせの喫茶店へ飛び込んだ。
濡れた金色の髪をかきあげる仕草に女性客の視線が集まるが、彼はそれを全て無視し、愛する彼女――神結 詞織を探す。
店の奥の席に彼女の後ろ姿を見つけ、彼は足早に歩み寄った。
すると、彼女は唐突に振り返り、琥珀色の大きな瞳を安室へ向け、柔らかな笑みを見せる。
「安室さん」
鈴を転がしたよう心地の良い声音に、胸の奥がじわりと熱を持った。
「詞織さん、お待たせしてすみません」
「いえ、気にしないで下さい。風邪を引く方が大変ですから」
彼女の気遣いに「ありがとうござます」と返し、安室は詞織の正面の席へ腰を下ろす。そして、ふと疑問を覚えた。
「そういえば、よく僕が来たと分かりましたね」
詞織は入口に背を向けており、安室が来たことを確認したわけではない。それなのに、彼女はまるでそれが分かったように振り返ったのだ。
安室の疑問にキョトンとした表情をした詞織は、次に小さく笑った。
「耳には自信がありますから。安室さんなら足音で分かりますよ」
彼女の耳の良さは安室も理解しているところだ。嘘を聞き分ける耳を持つ詞織なら、彼女の言う通り、足音の聞き分けだってできるのだろう。
もし、このセリフを言ったのが部下だったなら、自分は今後の付き合い方を考えるところだが。
「そう……ですか……」
「あ! す、すみません、変なこと言っちゃって……引きました?」
安室の反応をどう解釈したのか。
どうしよう、とあわあわと慌てる彼女に愛しさが込み上げる。
ほら、やっぱりそうだ。
自分の恋人より可愛い人間などいるはずがない。
「引くなんてとんでもない」
腕を伸ばし、彼女の頬に触れる。
「ただ、あなたへの愛しさを再確認しただけです」
ストレートな安室の言葉に顔を赤く染めた彼女は、嬉しそうにはにかみ、小さな唇を開いた。
「わたしもあなたが好きです、ゼロ」
安室が彼女に教えた、唯一の『真実』。
あぁ、早く本当の名前を呼んでもらいたい。
「僕もです」と言いながら、公衆の面前で口づけられない現状を悔やんだ。