第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「ほんとに……?」
「可笑しなことを聞きますね。嘘は分かるんじゃなかったんですか?」
まるで、叱られた子どものように、恐る恐る聞き返しながら俯く詞織の様子に苦笑し、同じ言葉を繰り返す。
「嫌っているわけではありません」
本当です、と最後に添えた。
この言葉は嘘ではない。
そして、彼女にはそれが分かるはずだ。
顔を伏せている詞織が何を考えているのか。
「詞織さん?」
沈黙してした彼女の名前を呼んでみる。
泣かせてしまったのだろうか。
そんな要素はどこにもなかったはずだが。
すると――。
「――よかった……」
嬉しそうに、無邪気に微笑む詞織に、安室は深海色の瞳を見開いた。
花がほころぶような、柔らかな笑み。
心の底から嬉しそうな、弾んだ声。
優しく細められた琥珀色の瞳。
その一つ一つが、安室の中にある闇という名の毒を、甘く溶かしたような気がした。
「損しちゃいました。紅茶もハムサンドもすっごく美味しかったから。ほんとは毎日でも通いたかったのに、我慢してたんです」
唇を尖らせて拗ねたように言いながらも、コロコロと声を立てて笑う。
それは、今まで見た彼女とは違う、新しい一面だ。
年相応の、どこか子どもっぽい表情。
「だったら――」
これから食べに来ればいい。
その続きを、赤ん坊の泣き声が掻き消した。
「ぅぎゃ――――――っ!」
大きな声で泣き出した赤ん坊を、母親が必死であやす。
両手両足を振って暴れるせいか、ベンチに座っている母親は、周囲を気遣って移動しようにも移動することができない。
そこへ、赤ん坊の声がうるさいと、不良らしい少年が三人、母親に近づいた。
大きな声を上げて、「迷惑だ」と騒ぎ立て、それに怯えた赤ん坊がさらに泣き喚く悪循環。
どこにでも、こういう腐った連中はいるものだ。