• テキストサイズ

たとえば、キミを愛する倖せ【短・中編集】

第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】


「そうでしたか」

 ありがとうございます、とコーヒーを受け取ると、彼女は「では」とすぐに立ち去ろうとする。
 その細い手首を反射的に掴み、安室は詞織を引き止めた。

「……え?」

 振り返った彼女は、琥珀色の瞳を瞬かせて彼を見つめる。
 自分でも、なぜこんな行動に出たのか分からなかった。
 けれど。


 ――もう少し、彼女の声を聴いていたい。


 どうやら、自分は思った以上に疲れているらしい。
 そんなことを言い訳にして。

「……何か、急ぎの用事でも?」

 平然を装って尋ねれば、詞織は黙って首を振る。

「もうすぐ、ポアロに行きます。バイトで。それまで、少しつき合ってもらえませんか?」

 唐突にこんなことを言われて、戸惑うのも無理はない。
 断られれば、次は引き止めないつもりだった。

 沈黙が痛いと感じ、ようやく、自分の言ったことを後悔する。
 十歳も年下の少女に、自分は何を言っているんだ。

 すると、ふわりと柔らかな空気が舞い降りる。
 隣に詞織が腰を下ろしたのだ。

「……嫌われていると、思っていました」

 顔を上げれば、彼女は困ったような顔をして笑っていた。

「どう、して……?」

 口にした声は思ったよりもずっと固く、どこか震えている。

「だって、私は安室さんにとって、不都合なことを知ってしまったのでしょう? だから、お店にも行かないようにしていたんです」

 それで来なかったのか、と心のどこかで納得した。
 人通りのまばらな公園に、冷たい風が吹く。

「確かに、あなたに指摘されたことは、本来なら誰にも知られてはいけないことです。でも、だからと言って、嫌っているわけではありません。警戒はしていますが」

 けれど、詞織が不用意に吹聴しないことは分かっている。
 彼女への警戒レベルも、ほとんど下がっているのが現状だ。

 そう言うと、詞織は驚いたように瞳を丸くして安室を見た。
/ 196ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp