第6章 たとえば、君を守る倖せ【BLEACH/日番谷冬獅郎】
……その死神は、ことあるごとに、『夜枯』を訪れては、真央霊術院での話を少女に聞かせた。
何が楽しいのか、声を立てて笑う彼のその笑い声が、少女は『嫌いじゃなかった』。
歌を歌えば、「良い歌だ」と褒めてくれる彼のことが、『嫌いじゃなかった』。
――だが……そんな日々は、突然終わりを告げる。
……虚(ホロウ)が現れたのだ。
その虚は決して強くはなかったが、死神見習いの青年が一人で相手をするのは無茶だった。
けれど、護廷十三隊に所属する死神の到着を待っていては、どれだけの被害が出るか知れない。
怖くて動けない少女に、青年は「逃げろ」と指示を出し、『浅打』を構えた。
もちろん、歯が立つわけもなく。
怯えて震える少女に狙いを定めた虚から攻撃を庇い、青年は胸を貫かれた。
「――今でも鮮明に覚えています。あの人がわたしを庇ったときの腕の温もり、冷えていく身体、流れた血が地面を濡らしていく様子……不思議ですね。どうしてだか……その瞬間だけ、すごくゆっくりに感じられたんです」
……最後まで名前を聞かれることはなく、最後まで名前を教えてもらうこともなかった。
少女はただ、怯える自分を叱咤する。
――『負けるな』
その言葉を思い出して、少女は震える手を彼の刀に伸ばした。
カタカタと鳴っているのが、自分の心なのか刀なのかは分からない。
それでも、やるべきことはすぐに分かった。
刀を持った瞬間に、『声』が聞こえる。
目を閉じれば、暗闇を引き裂くような『赤い炎』が現われた。
それが何なのか、理解する。
自分を襲うように向かって来た炎に、少女は叫んだ。
――『わたしに従えッ‼』
短い、命令。
力が欲しい。
誰よりも強い力じゃない。
誰にも負けない力が欲しかった。
その想いに応えるように、『浅打』が変化する。
それは、一秒にも満たないわずかな時間。
少女は己の中に生まれた『炎』に教えられた通り、その名前を呼んだ――……。