第6章 たとえば、君を守る倖せ【BLEACH/日番谷冬獅郎】
……日生 詞織が育ったのは、西流魂街で最も治安の悪い地区。
西流魂街八十地区『夜枯(よがらす)』。
絶え間なく続く殺戮と、絶え間なく響く怒声に悲鳴。
辺りはべっとりと血が染み、死体が転がっている。
――それが日常の光景。
こんな悪環境にまともな人間などいるはずもなく。
生まれながらに強い霊力を持とうと、使い方を知らなければないも同然で。
少女は常に虐げられ、奪われ、嘲笑されていた。
希望なんてあるはずもなく。
景色は常に淀み、空が青いことすら知らなかった。
――彼に会うまでは。
……名も知らぬ彼に会ったのは、日番谷が松本と出会ったことと同じ、偶然だった。
真央霊術院の制服である袴を纏う青年は、同じ『夜枯』出身とは思えないほどさっぱりとした性格で、太陽のような笑みを浮かべていた。
腰に差していたのは己の斬魄刀ではなく、真央霊術院に入学したてで未だ基礎の『浅打』。
周囲から虐げられる少女に、『勝たなくてもいい。けれど、負けるな』と教えたのも彼だった。
相手に負けるな、環境に負けるな。
勝てなくてもいいではないか。
それでも、決して屈することなく前を見ろ。
気持ちをしっかりと保て。
己を曲げるな。
そうすれば、お前は決して敗北しない。
――『死神にならないか?』
いつだったか、彼はそう言って少女を誘った。
強い霊力を持っていたことが理由かもしれない。
ただ単に、気まぐれで誘ったのかもしれない。
もしかしたら、同じ地区出身の仲間が欲しかったのだろうか。
けれど、それを断ったのは、単に詞織が臆病だったからだ。
新しい環境へ一歩を踏み出すことが。
それならば、慣れた悪環境の方が少しだけマシに思えた。