第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「……詞織さん」
「…………え?」
突然、梓が口にした彼女の名前に、安室は反応が遅れた。
「どうしたんですか? 急に……」
「いえ、また来てくれるかなって思って」
少し気恥ずかしそうに、梓は頬を染めながら、「実は……」と語り始める。
「私、『DIVA』の大ファンなんです! 本当はCDも欲しいんだけど、全然手に入らなくて! しかも、毎日歌を聴かなきゃ一日を始められないくらい重症で!」
「は、はぁ……」
前のめりになって怒涛の勢いで喋り出した梓に、安室は身を引いた。
ほ、本当にいたのか。
彼女の歌を聴かないと禁断症状が出てしまう人間が。
「少し前に販売されたCDも、販売の噂を聞いて、パソコンの前で待ってたんですよ⁉ 一生懸命にマウスをクリックしてたのに、間に合わなかったってどういうことですか⁉」
「ぼ、僕に聞かれても……」
「そうだ、安室さんは彼女の歌を聴いたことがありますか⁉ 絶対に聴くべきです! むしろ、お店で流しましょう! あぁ、ダメだ! 彼女の音楽は、CDに落とせないんですよ!」
……神結 詞織の歌は、取り締まった方がいいのだろうか。
少し、本気でそんなことを考えて、何をバカげたことを、と自分を嗤った。
「何でこの前、サイン貰わなかったんだろうッ‼」
頭を抱えて騒ぐ梓のことは放置して、安室は注文されたハムサンド作りを再開する。
神結 詞織が初めて店を訪れて四日が経過していた。
風見たちの調べでは、彼女が犯罪組織に関わっている可能性は、ほぼゼロ。
否、『ない』と断言してもいいだろう。
出会って以来、数人の部下が交代で彼女を監視しているようだが、『偽名』の件を吹聴している様子はないとのことだった。
他言しない。
あの言葉は、信用していいのかもしれない。
* * *