第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「だったら、あなたが安心するようにしたらいいですよ」
「そんなことを言っていたら、殺されてしまいますよ?」
相手が自分だったから良かったものの。
たとえば相手が、自分が潜入している組織の、ジンやウォッカのような残忍な人間だったなら。
何を言う前に殺されてしまうだろう。
「あ、確かにそうですね」
彼女は軽い調子で言った。
よくこれまで生きて来られたな、というのが、詞織に対する正直な感想だった。
ただ、嘘を嘘だと、馬鹿正直にいちいち口にすることはしないらしい。
おそらく、その思慮深さが幸いしたのだろう。
安室は宣言通り、彼女を自宅まで送り届けた。
大きな屋敷は、自宅と言うより一つの城。
自分の背丈の倍以上もある大きな門の前に、安室は自動車を停めた。
礼を言って降りる彼女を、彼は「詞織さん」と呼び止める。
「ブロンドの女性に会ったことはありますか?」
「ブロンド?」
突然の質問に対して聞き返す詞織に、安室は頷いて、さらに言葉を重ねた。
「ブロンドの外国人女性……派手なメイクの、華やかな美人です」
そうつけ足すと、彼女は必死で記憶を辿ってくれる。
「うーん……記憶にないですけど……その人がどうかしましたか?」
「いえ。覚えていないならいいんです。忘れて下さい」
曖昧に濁せば、彼女もそれ以上は追及して来なかった。
踏み込んではいけない領域だと判断したのかもしれない。
賢い少女だ。
「お茶、飲んでいきませんか? 安室さんの淹れた紅茶には負けると思いますけど」
「いえ。それはまた今度」
おそらく、その『今度』が来ることはないだろうが。
残念です、と困ったように笑った彼女は、今の社交辞令も見抜いたように思えた。
* * *