第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「でも、それは単なる口実で、あなたに下心があるだけかもしれませんよ?」
もちろん、そんなことはないのだが。
「それは嘘です」
はっきりと、彼女は断言した。
「名前の件、ですよね? ……『安室 透』さん……じゃ、ないんでしょう?」
キキッとタイヤが音を立て、赤信号で停車する。
「……それを口にすることが、危険だとは思いませんでしたか?」
この言い方では肯定したも同然だが、自動車に盗聴器がないことは確認済みである。
だから、誰かに聞かれている可能性ない。
それでも、彼女の言葉に心臓を鷲掴みにされたのは事実だった。
「でも、確認したかったのでしょう?」
その通りであるが、頷くことは躊躇われた。
「生まれつき耳が良いんです。声の調子で嘘を聞き分けることもできます。本当は、嘘に気づいても反応しないようにしてるんですけど……偽名を使ってる人に会ったのは初めてだったので、つい……」
信号が青に変わり、安室は自動車を発進させる。
「でも、偽名を名乗っているのは、必要があってのことだと思います。だから、『どうして?』なんて、そんなことを聞くつもりはありません」
彼女の言葉を信じていいのか。
……分からない。
自分は詞織のように、『嘘を聞き分ける耳』など持っていない。
「信じられませんか?」
「正直に言えば」
嘘を見破れる彼女に建前を話したところでどうにもならない。
だからこそ、嘘偽りなく答えた。
安室のストレートな物言いに、詞織はクスクスと笑う。