第5章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】完
「どうしたんスか?」
「あ……え、っと……」
無意識の動作だったのか。
自分でもよく分かっていなさそうだ。
そんな彼女を急かすことはせず、黄瀬は待つことにした。
「わ、わたし……黄瀬くんが思ってるほど、可愛い女じゃありません」
「……え?」
突然、何を言い出すのだ。
けれど、詞織は黄瀬が口を挟む間もなく続ける。
「面白味もないし、頭も良くないし、無趣味だし、偽善者だし……わたしはわたしが……この世で一番嫌い……」
「……詞織っち」
自虐の言葉を紡ぎ始めた彼女を、黄瀬は抱きしめた。
ギュッと強く、自分の存在を確認できるように。
「詞織っちが自分をどんな風に思っていようと、オレは詞織っちのことが、世界で一番好きっスよ」
誰よりも優しくて、誰よりも強くて、誰よりも可愛くて……誰よりも儚く脆い女の子。
信じられないのなら、何度でも言おう。
黄瀬 涼太は、鴇坂 詞織のことが、愛しくて仕方がないのだと。
「……――――……」
――何もかも……何も要らないから
――私の名を 誰も呼ばないで……
腕の中で歌い始めた彼女の声に耳を傾ける。
物悲しい旋律は、それでも黄瀬の胸へと広がり、大きな波紋を呼んだ。
「……それでも」
それでも、ともう一度彼女は続ける。
「黄瀬くんがわたしを『詞織っち』って呼ぶたびに、わたしはわたしを……好きになれそうな、気がしたの」
詞織がやんわりと黄瀬を押す。
腕の力を緩めて目を合わせれば、彼女は今まで見せた中で、最も可憐で、最も美しく微笑んだ。