第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
――翌日。
詞織のことを調べるのは部下たちに任せて、安室は愛車であるRX‐7から米花音楽大学を見張っていた。
今日は、ポアロの仕事は休み。
だからと言って、休暇を満喫する時間などないが。
それでも、『安室 透』として。
そして、『バーボン』として。
さらに、『降谷 零』として。
彼女と会う必要があった。
程なくして、校門から詞織の姿が見える。
黒く長い髪を靡かせる彼女は、帰宅する生徒の中でも一際目を引いた。
友人と帰宅する詞織をゆっくりとしたスピードで、見つからないように追いかける。
やがて、一緒に帰っていた友人と別れたところを見計らい、安室はアクセルを踏み込んだ。
歩いている詞織の横に自動車をつけ、助手席の窓を開けて呼びかける。
「詞織さん。今、お帰りですか?」
名前を呼ばれて足を止めた彼女に、できるだけ警戒されないように微笑んだ。
「奇遇ですね。良かったら、家まで送りましょうか?」
――少し、話したいこともあるので。
そうつけ加えると、詞織は琥珀色の瞳に真剣な色を宿す。
「……分かりました」
どこか震えた声音で彼女はそう言うと、ベルモットとは違い、躊躇いがちに助手席のドアを開けて乗り込んだ。
やや緊張した動作でシートベルトを締める詞織を確認して、安室は自動車を発進させる。
「では、道案内をお願いします」
そう言って、安室は詞織が指示した方面へ自動車を走らせた。
――沈黙が続く。
その沈黙を、安室は意図的に破った。
「どうして、僕の誘いを受けたんですか?」
昨日会ったばかりの男の自動車に女性が乗り込むなど、警戒心がないと責められても文句は言えないだろう。
「話がしたいと、安室さんが言ったので」