第5章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】完
詞織はポケットからいつも使っているシュシュを取り出し、髪を高い位置で結い上げた。
動きやすさを意識してのポニーテールなのだろうが、可愛いすぎである。
まさか、黄瀬を喜ばせているとは思ってもいないだろう。
せっかくなので、今度、色々試させてもらおうと心に決め、試合を再開する。
今度は、黄瀬がオフェンス、詞織がディフェンスだ。
黄瀬がドリブルをしながら一歩を踏み込んだ瞬間、詞織が動いた。
彼女はすれ違い様に黄瀬からボールを奪う。
詞織からボールを奪い返すこと自体、普段の黄瀬なら簡単だっただろう。
けれど、先ほどの自分と全く同じ動きに驚いて、彼は身動きが取れない。
そのまま、黄瀬とそっくりなフォームでドリブルをし、彼の動きをなぞるように、詞織はゴールへレイアップシュートを決めた。
初めて言葉を交わした日に言っていた彼女の言葉を思い出す。
彼女も黄瀬と同じ、一度見たものを『模倣』する技を持っていると言っていたではないか。
「1対1。簡単には終わらせないよ」
額から汗が流れる。
暑さとは違う、簡単に倒せない相手に出会った興奮だ。
「……もう少し、本気出すっス」
挑戦的に笑う詞織が可愛い。
けれど、そう思ってばかりはいられないかった。
バスケで負けるわけにはいかない。
汗を拭い、黄瀬は口角を上げる。
空は橙を紫に染め上げ、夜を迎えようとしていた。
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