第5章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】完
「……良かったの? 声掛けなくて」
ファンたちが引いた後、紗良は自分と歳の変わらぬ少年に話しかけた。
黒い髪に深海の瞳を持つ、冷たい印象の少年だ。
「……別に」
短い返答に、紗良は小さく笑う。
「黄瀬に会いに来たんじゃないの、快音さん。妹には近づくなって。でも、残念ね。ちょっと言って諦めるほど、アイツの気持ちは簡単じゃないみたい」
鴇坂 快音は意味ありげな視線を紗良に向け、フイと逸らした。
「俺は詞織に負い目がある。だから、アイツが幸せになれるなら、俺はどんなことでもやるつもりだ」
妹を泣かせるヤツがいたなら、地獄すらヌルいと思わせるほどの恐怖を与える。
妹を幸せにできるヤツがいるなら、地球の反対側にだって行くだろう。
「試してやるさ。黄瀬が本当に詞織を幸せにできるか」
「……ふーん」
気のないような相槌を打ち、紗良は快音に背を向けた。
「あたしだって、あの子が大事だわ。この世界の誰よりも。あたしは彼氏よりも詞織を優先するし、それを悪いことだなんて思わない」
だから、と紗良は続ける。
「だから、あたしはあなたがキライ。詞織を不幸にするあなたが、この世で一番」
「……それは俺も同じだ。俺も、俺が一番憎いよ」
風が吹き抜ける。
ただ、時間だけが音もなく過ぎていった。
* * *