第4章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】②
「どこの誰だ? 名前は? 顔くらい覚えてるだろ?」
「し……知らない」
兄が放つ気迫に、詞織はどうにかそれだけ口にする。
「……詞織っち……」
そんな彼女を見ていられず、兄から隠すように詞織の前に立った。
快音はそんな彼に射殺すような眼差しを向け、一つ大きなため息を吐く。
「帰るぞ、詞織。話はそれからだ」
「……うん」
小さく頷いて、彼女は手つかずの課題や教科書をカバンに詰め始めた。
「詞織っち、大丈夫っスか?」
「何が?」
「いや、だって、めっちゃ怖いじゃないスか」
想像はしていたが、想像以上だ。
赤司 征十郎に勝らずとも劣らない気迫。
彼以外にこれほどの威圧感を持つ人間がいたこと自体、まだ信じがたい。
「快音は怖くないですよ」
……いやいや、そんなことはないだろう。
「心配してくれてるの。ただ怒ってるように見えるだけ。わたしのせいで、悲しませてるんです。わたしなんか、いなければ良かったのに……」
「詞織っち!」
黄瀬は、カバンに教材を詰めていた詞織の細い腕を掴んだ。
たった三人しかいない旧図書館に、黄瀬の声が反響する。
「それ、次言ったら怒るっスよ」
目を丸くした彼女は、困ったように眉を下げた。
「次、詞織に触ったら、二度とバスケができないように腕をへし折る」
いつの間に近づいていたのか。
「……っ」
ギュッと腕を掴まれ、黄瀬は思わず彼女の腕を放した。
手首には赤く手跡がついている。
……さすが、更科サン曰く化け物ってわけっスね。
「快音、止めて」
乱暴な言葉で黄瀬を脅す兄に、詞織が懇願する。
それに対して快音は黄瀬を解放し、ふぃっと視線を逸らしただけだった。