第4章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】②
「詞織」
黄瀬の唇が詞織の唇を掠めたところで、誰かが彼女の名を呼んだ。
思わず振り返ると、彼女にそっくりな、けどどこか冷たい雰囲気を纏った男子生徒が黄瀬を睨みつけている。
「何やってんだ?」
刃物のように冷たい声。
深海の瞳は鋭く細められ、彼を射抜く。
「あ、えっと……」
「快音、黄瀬さんは……」
「詞織」
何を言おうとしたのか分からないが、庇ってくれようとしたんだろう。
「制服は?」
短く尋ねられ、彼女は「えっと……」と口ごもった。
「花壇でホースを……」
「そんな嘘で俺を騙せると思うのか?」
快音がスゥと瞳を細めると、詞織は怯えたように口をつぐんだ。
何も言えなくなった彼女に、たまらず口を開く。
「アンタのファンにやられたんスよ! 水ぶっかけられて‼」
「き、黄瀬さん……っ」
それは言わないで、と服の裾を引っ張って悲しそうな顔をする彼女に、黄瀬は奥歯を噛んだ。
「ファン?」
眉根を寄せた快音は、何度目になるのか、低い声で「詞織」と妹を呼ぶ。
「何かあったら言えって言っておいたよな?」
「べ、別に……水が掛かっちゃっただけだし。あの子たちだって、手元が狂っただけで、わざとやったわけじゃ……」
「何言ってるんスか! わざとに決まってるっしょ‼」
「お前は黙ってろ、黄瀬 涼太」
「……っ」
どこからそんな声を出しているのか。
快音の声は一種の強制力を持っていた。
まるで、帝光中時代の主将であり、『キセキの世代』に名を連ねる一人である絶対王者 赤司 征十郎を相手にしているようだ。
快音の放つ強烈なプレッシャーに、黄瀬は無意識に唾を呑み込む。
黄瀬が黙ったのを確認し、快音は深海の瞳を妹に戻した。