第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
「ハムサンド、美味しかったです。ごちそうさまでした」
会計を済ませた詞織が笑う。
鈴を転がしたような、耳に心地の良いソプラノ。
彼女が店を出た後も、安室はすぐにレジから動けなかった。
「安室さん、どうかしたんですか?」
気遣わしげな蘭の言葉に、安室は「何でもありません」と答えて、詞織が払ったお金をレジへ仕舞う。
そんな彼の様子に、園子がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あ、分かった。詞織さんに惚れちゃったんだ! 詞織さん、美人だし」
冷やかしてくる園子の言葉を、「違いますよ」と笑顔で否定し、「それより」と続ける。
「三人とも、帰らなくて大丈夫ですか? もう、陽も暮れてきましたけど」
そう声を掛ければ、「大変!」と、蘭たちは時計を確認し、慌てて伝票を持って来た。
会計を済ませて店を出た蘭たちに隠れて、コナンが小さく口を開く。
「安室さん……さっきの人……」
「大丈夫。心配ないよ」
コナンは、安室が公安の人間であることを知っている。
子どもとは思えないほどに頭の切れる眼鏡の少年へ、安室は安心させるように、一つ微笑んだ。
* * *
「風見か」
『降谷さん、メール見ました。正体がバレそうになったと。ベルモットに目をつけられている少女ですよね?』
詞織と会ったその日の夜。
安室は部下である風見に連絡を取った。
おそらく、彼女は『安室 透』が偽名であることに気づいたはずだ。
――神結 詞織。
「あぁ。彼女が何者なのか。徹底的に調べてくれ」
* * *