第4章 たとえば、君を知る倖せ【黒子のバスケ/黄瀬涼太】②
「何もありませんよ? 紗良から何を聞かれたのか分かりませんが、すぐに戻って下さい」
「いやっス!」
けれど、彼は再び詞織を抱きしめて首を振った。
まるで、大きな子どものようだ。
泣いているのは自分ではなく、黄瀬の方ではないだろうか。
心の中の冷静な部分がそう言った。
「あの、せっかく会おうと言って下さったのに、お断りしたことは謝ります。申し訳ありません。ですが、このような格好じゃとても……」
「イジメに遭ったんスよね?」
体温が急激に下がっていくような錯覚に陥る。
どうしてそれを彼が知っているのだろう?
原因は、一つしか思いつかなかった。
紗良が喋ったのだ。
「女子にやられたんスか? 水、かけられたんスよね?」
「ち、ちが……っ、わたしが……そう、花壇に水を遣ろうとして誤って……」
もちろん嘘だ。
花壇に水を遣る習慣などない。
「隠さなくていいっスよ。全部、更科サンから聞いたっス」
どうして、そんなことを……?
同情なんて、いらないのに。
可哀相だと思われるのは嫌だ。
だって、余計に惨めになる。
それに、可哀相だと思われれば、自分で自分の人生を背負えなくなる。