第3章 王馬くんに風邪をうつされたみたいです
「…んー、眼鏡が欲しいな」
「…えっ、本当に変装して行くんですか?」
「当たり前じゃん!男に二言はないんだから」
「あの…家族に見られたいなら、王馬クンが普通について行って、弟のふりをすれば一番それっぽいのでは…」
「当たり前じゃん!男に二言はないんだから」
「あれっ、完全に今のくだり、なかったことにしましたよね」
王馬は設定をあらかた書いた紙を持って、ふむ、とそれらしい声をあげているが、横たわる逢坂から見えるその文面は、完全に天地がひっくり返った状態で見えている。
『…王馬』
「なに?逢坂ちゃん」
『……そのメモ、上下逆さまだよ』
王馬は小ボケを飛ばしたわけではないらしく、あ、本当だ、と小さく呟いた。
その彼の様子を無言で眺めていた逢坂は、ようやく理解した。
(………あぁ、王馬も動揺してる)
落ち着いているようで、全く落ち着いていないらしい王馬。
そんな彼とキーボの慌てふためいた姿を見るのが申し訳なくなり、身体をむくりと起こして、キーボにタクシーを呼ぶように頼んだ。
『…病院、行ってくる…』
「え、急に行く気になったの?なんで?」
『………なんでって…』
動揺している王馬を見て、なんだか放っておけない気がしたからだ。
けれど、そう言ってしまうと彼が図に乗ってしまうのでは、という不安が頭をかすめ、何も言わずに出かける支度を始めた。
「ついてくよ」
『…ありがと』
やっと辿り着いた救急病院の待合室は、やっぱり風邪を引いた子どもを、焦って連れてくる親の姿ばかりで。
自分一人で診療を待つ間、そんな空間に一人だったかもしれないのかと思うと、ゾッとした。
(……!)
私の心情を見透かしたかのように、王馬が私の手を握ってきた。
私の方を見ることなく、じっと前を向いたままの彼の横顔は、眼鏡の変装の甲斐あって、少しだけ大人っぽく見えた。
そのあと、2時間近く待って。
ようやく診察を受けることが出来た。
ずっと病院で私の兄として振舞っていたらしい王馬は、帰り際、見事に薬剤師の方に「弟さんもうつらないように気をつけてね」という優しさの暴力を振るわれた。