第8章 To embrace…
工事も滞りなく終わり、いよいよ劇場のリニューアルオープンと言う前日、普段通りPCとの睨み合いをする俺の隣に、シャワーを終えたばかりの智が静かに腰を下ろした。
「そんな格好してっと風邪ひくぞ?」
腰にバスタオルを巻き付けただけの智を視界の端に入れ、それでも俺はPCから視線を逸らすことはしなかった。
今智を見てしまったら、その肌に触れてしまったら、確実に歯止めがきかなくなる…、そう思っていたから。
でもそんな俺の思いとは裏腹に、智は俺の肩にコツンと頭を乗せると、
「抱いて…くんねぇか…」
ともすればPCのモーター音にすら掻き消されてしまいそうな小さく震える声で言った。
俺は内心戸惑った。
あの日以来、智は俺が身体に触れることを避けているように感じていたから。
智の口からハッキリと告げられたわけじゃないが、俺の想像通りだとしたら…、それだって仕方のないことと諦めていた。
いつか智の心の傷が癒えるまで待とう、と…
まさか智の方から求めて来るとは、想像もしていなかったが…
智を抱きたくないわけじゃない、俺だって健康な成人男性なわけだから、性欲だって溜まるし、智が望むのであれば寧ろ抱きたい。
でもオープンは明日だ。
無理をさせて、明日の公演に支障が出たら…、今まで寝る間を惜しんで準備して来た物が、全て水の泡になる。
それは智にしても同じことだ。
初めて受ける本格的なダンスレッスンに戸惑いながら、それでも新しいプログラムを用意して来たのに、それも無駄になってしまう。
劇場の全ての責任を負う支配人として、それだけは何が何でも避けたい。
「明日は忙しくなる、もう寝ろ」
俺は心を鬼にした。
そうでもしなければ、感情に流されそうになる恋人としての俺が、どうにも止められそうになかったから…
なのに智は、
「やだ…」
そう言ってソファーから立ち上がると、腰に巻き付けていたバスタオルをパサリと床に落とした。