第8章 To embrace…
劇場の改修工事終了を前日に控え、俺は智を連れて劇場に顔を出した。
支配人として、副支配人である雅紀に全てを任せっきりでは、流石に無責任過ぎるからな。
智を連れて行ったのは、ステージ上の最終チェックをさせるためだ。
ステージに立つのは俺達じゃない、智達ダンサーだ。
板の具合なんてのは、実際に踊る奴等にしか分かんねぇからな。
「どうだ、新しい板の感触は」
ホールに入るなり新しくなったステージに飛び乗った智は、サンダル履きの足をトントンと踏み鳴らすと、センターステージ上を数歩歩き、
「悪くねぇ」
満足そうに言った。
「そうか、なら問題はないな」
俺は組んでいた腕を解き、ステージ上の智に手を伸ばした。
迷うことなく俺の手を取ると、俺の胸に飛び込むようにステージから降り、人目も憚ることなく俺の首に両腕を絡めた智は、少し背伸びするような格好で俺の唇に、自分のそれを重ねた。
そして一言、
「最高のステージにしてやるよ」
そう言って再びステージに飛び乗った。
まるで羽が生えたように、フワリと…
「智、超嬉しそうじゃないですか?」
「雅紀がそう言うなら…そうなんだろうな…」
実際、ニノが姿を消したあの日以来、智がこんなにも生き生きとした顔を見せたのは初めてかもしれない。
「あ、そうだニノの件だが…」
「そのことなら、もうイイっすよ…」
「いや、でも…」
雅紀のニノに対する想いは、決して軽くはなかった筈…、なのにどうしてそんな簡単な言葉で済ませようとする。
「皆に迷惑かけてさ、心配までさせてさ…、あんな最低な奴、もう何とも思ってないし…。それに…」
「それに…?」
俺の質問に答えることなく、少し高い位置から聞こえた鼻を啜る音と、遅れて聞こえてきた大きく息を吐き出す音…
やっぱ諦めてねぇんじゃねぇか…