第8章 To embrace…
初めてプロのダンサーに本格的なレッスンを受け始めた智は、最初こそ基礎から始められるレッスンに戸惑いと、若干の苛立ちを感じていたものの、その効果は絶大で…
レッスンを受け始めて三日も経った頃には、それまでも十分しなやかだった動きに、更に磨きがかかったような…、そんな風に見えた。
これまで何人もダンサーを見てきたが、智に勝るダンサーは、他にはいない。
実際、智のレッスンを担当したプロダンサーは、智を天才だと言った。
ストリッパーにしておくのは勿体ないとも…
勿論智自身、そう言われるのが好きではないから、認めようとはしないが、プロが言うのだから間違いはない。
尤も智の場合、天性の素質だけでなく、積み重ねて来た努力のおかげだとは思うけど。
「ところで衣装はどうすんだ? もう決めてあるのか?」
晩飯の支度をする智に、PC画面に視線を向けたままで問いかける。
「ああ、それならもう健永に頼んである」
意外…だった。
曲にはとことん拘る智だけど、衣装に関しては全くの無頓着で、いつも健永が用意した物を、文句一つ言わず黙って着るだけ…。
言うとしたら…色くらいのもんか…
流石絵を描くだけあって、色に関しては拘りが強い。
どんな色の衣装を見に着ければ舞台に映えるのか、ってな。
その智が自分から衣装をオーダーするなんて…
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に? たださ、こけら落としって、やっぱ特別なんだろ? お前にとってもさ…」
料理を終えた智が冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、ダイニングテーブルに置く。
そしてPCと戯れる俺を急かすように、プルトップを引いた。
俺は即座に作業の手を止め、ダイニングテーブルへと移動した。
そうでもしないと、智は俺が手を止めるまで、いつまてでも待ち続けるから…